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出雲大社 大阪分祠

(いずも おおやしろ おおさか ぶんし)

出雲大社大阪分祠は、大阪府堺市東区に位置する神社で、島根県にある本家・出雲大社の分祠として知られています。この神社は、縁結びや悪因縁解除などに御利益があることで有名で、多くの参拝者が訪れます。

主祭神は、大国主命(おおくにぬしのみこと)と火之迦倶槌神(ひのかぐつちのかみ)です。火之迦倶槌神は、分祠となる以前から主祭神として祀られており、縁結びの神とされる大国主命と合わせて信仰されています。

歴史

出雲大社大阪分祠の歴史は古く、1946年(昭和21年)に初代教主・吉村亀治が愛宕大権現・河内分社として創建しました。その後、1948年に出雲大社から大国主命の御分霊を拝受し、出雲大社教・河内教会として発展を遂げます。1958年には出雲大社大阪分祠として正式に昇格し、現在に至っています。

主な歴史的出来事

施設について

出雲大社大阪分祠には、本殿や拝殿、神楽殿、祖霊社、金剛不動明王社といった施設があります。特に神楽殿には、罔象女神(みつはのめのかみ)の御神水である「神和水」が湧いており、参拝者はこの水を持ち帰ることができ、田畑の作物の育成や病気平癒、身体健康のための加護があるとされています。

神仏習合と修験道との関わり

出雲大社大阪分祠は、神仏習合の要素が色濃く見られる神社です。初代教主である吉村亀治の祖父・吉村利吉は、大峰山で修行を積み、神仏に対する信仰を深めた人物でした。この影響から、大阪分祠では神仏が融合した信仰が取り入れられ、火之迦倶槌神と不動明王がともに祀られるようになっています。

神仏習合の象徴「金剛不動明王社」

1995年に新祖霊社が完成した際、旧祖霊社は金剛不動明王社として再建されました。この社では、不動明王の力によって祖先の霊が浄化され、神の位につけられると信じられています。このように、火による浄化の力を象徴する不動明王と火の神である火之迦倶槌神が祀られている点で、出雲大社大阪分祠は独自の神仏習合の形態を持っています。

愛宕大権現河内分社から出雲大社大阪分祠への経緯

愛宕大権現河内分社として創建されたこの神社は、戦後の宗教法人法に基づき、新たに出雲大社大阪分祠となりました。愛宕神社で火之迦倶槌神に仕えていた経緯もあり、出雲大社大阪分祠は火之迦倶槌神を主神とし、大国主命のご神徳によって縁結びも実現できる神社となりました。この独特の経緯が、大阪分祠を特別な神社としています。一般の神社とは異なり、出雲大社大阪分祠は独立した宗教法人である出雲大社教によって運営されています。

大阪分祠の特有のお守り

出雲大社大阪分祠のお守りには、出雲大社の「肌守」に加え、火之迦倶槌神のお守りが含まれています。お守りの中には、中臣祓(なかとみのはらい)と般若心経が挟まれており、穢れを祓い、清浄な心を持つことが目的とされています。このような神仏習合のお守りは、出雲大社大阪分祠の特有のものであり、神仏習合の教えを象徴しています。

お守りの意味

出雲大社大阪分祠のお守りは、神道の清浄思想と仏教の「空」の思想が融合しています。中臣祓は穢れを祓うことを目的とし、般若心経は仏教の「如来蔵思想」に基づいています。これにより、お守りは神仏が共に目指す理想を体現するものであり、参拝者の清浄なる心と浄化を促します。

吉峯講と大峯山での修行

出雲大社大阪分祠には、吉峯講(きっぽうこう)と呼ばれる行者講が存在し、信者たちは大峯山での登拝を行っています。吉峯講は1973年(昭和48年)に設立され、信者たちは定期的に修行に励んでいます。

不動明王と火之迦倶槌神の神仏習合

1995年に金剛不動明王社が建立される際、不動明王の霊魂が祖霊を浄化し、神の位に上げると信じられ、火による浄化の象徴として火之迦倶槌神と不動明王がともに祀られる形となりました。これにより、神仏習合の考えがさらに深まりました。

まとめ

出雲大社大阪分祠は、大阪府堺市に位置する特別な神社であり、火之迦倶槌神と大国主命を主祭神としています。神仏習合を受け継いだ独自の信仰体系があり、地域の伝統や信仰を守りながら、多くの参拝者に信仰されています。

Information

名称
出雲大社 大阪分祠
(いずも おおやしろ おおさか ぶんし)

堺・泉南

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