祭神
泉穴師神社の祭神は、天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)と栲幡千千姫命(たくはたちぢひめのみこと)です。1879年(明治12年)に作成された『神社明細帳』には、天富貴神と佐古麻槌大神が祭神として記されていますが、後の1894年(明治27年)には天忍穂耳尊と栲幡千千姫命が祭神とされています。当社でもこの見解を支持し、現在ではこれらの神を主祭神としています。
泉大津市は江戸時代から繊維産業が発展した地であり、栲幡千千姫命は織物に関連する神として知られています。この地の産業との縁が感じられる神社です。
歴史
社伝によれば、泉穴師神社は白鳳元年(672年)に創建されたとされていますが、神功皇后の時代や神武天皇の東征の際に創建されたとも言われ、はっきりとした創建時期は分かっていません。天平10年(738年)の『正倉院文書』には、聖武天皇から大鳥大社とともに1,300石の社領を賜ったと記されています。
また、『日本三代実録』には、貞観7年(865年)に正五位下を授与されたとあり、貞観10年(868年)には従四位下に昇格されたとの記述が残されています。元弘元年(1331年)には楠木正成が石燈籠を奉納し、当社への尊崇が示されています。
天正3年(1575年)には織田信長から社領を保障する朱印状が与えられ、慶長7年(1602年)には豊臣秀頼が片桐且元を奉行として社殿を再建しました。その後、1873年(明治6年)には郷社に、1894年(明治27年)には府社に昇格しています。
境内
泉穴師神社の境内には多くの歴史的建造物があります。
本殿
本殿は慶長7年(1602年)に豊臣秀頼が片桐且元を奉行として再建したもので、重要文化財に指定されています。棟札には豊臣秀頼や片桐且元の名が刻まれており、桃山時代の建築様式をよく示しています。
灯籠
元弘元年(1331年)に楠木正成が奉納した石燈籠が本殿前に建っています。古雅な形状が特徴的で、国家の安寧と武運長久を祈願して奉献されたものです。
拝殿
拝殿は泉大津市指定有形文化財に指定されており、慶長年間(1596年 - 1615年)に再建されました。本殿に祀られている神々に合わせて鳥居が2基並んでいます。
御神木のクスノキ
境内には泉大津市保護樹木に指定されているクスノキがあり、また、12本の大木群が市の天然記念物に指定されています。
摂末社
泉穴師神社には、歴史的価値が高い摂末社も存在します。
住吉社
文永10年(1273年)に建てられた大阪府内最古の本殿建築で、重要文化財に指定されています。
穴師天満宮(合祀殿)
1908年(明治41年)に板原村の菅原神社本殿を移築し、近隣の神社を合祀した建物で、泉大津ふるさと文化遺産に認定されています。
春日社
春日社は、慶長7年(1602年)に豊臣秀頼が片桐且元を奉行として再建したもので、桃山時代の特徴を具現した重要文化財です。
大国主社・楠木社・兵主社
大国主命や楠木正成などを祀る社があり、それぞれの神に由来する歴史や伝承が伝えられています。
文化財
泉穴師神社は、国指定の重要文化財や大阪府・泉大津市の指定文化財を多く保有しており、以下の文化財が存在します。
国指定重要文化財
本殿、春日社、住吉社の3社の建物と、80体の木造神像が重要文化財として指定されています。木造神像は桃山時代や平安時代の作とされ、貴重な歴史的遺産です。
大阪府指定文化財
泉穴師神社には木造男女神像群と太鼓も府指定文化財として登録されており、これらは平安時代の作品です。
泉大津市指定文化財
泉穴師神社の拝殿、鳥居、およびクスノキ大木群が市指定文化財として保護されています。
祭事
泉穴師神社では、年間を通して多くの祭事が行われます。主な祭事には、以下のようなものがあります。
- 歳旦祭(1月1日)
- 戎祭(1月10日)
- 春季大祭(4月5日)
- 夏越大祓(6月30日)
- 夏宮祭(7月15日)
- 秋季大祭(体育の日の前日)
- 栲幡祭(11月1日)
- 冬宮祭(12月15日)
これらの祭りを通じ、泉穴師神社は地域の人々に長く親しまれ、崇敬されています。