祭神と御神徳
泉井上神社の主祭神は、以下の神々です。
- 和泉大明神(独化天神)
- 天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)
- 高産巣日神(たかみむすびのかみ)
- 神産巣日神(かんむすびのかみ)
相殿には、神功皇后、仲哀天皇、応神天皇、および随伴神四十五柱が祀られています。
泉井上神社の歴史
創建年は不詳ですが、社伝によると、仲哀天皇2年(紀元前200年頃)、神功皇后が当地を訪れた際、泉が湧き出し、これを霊泉として神社が築かれたとされています。また、仲哀天皇9年にも同様の伝承があり、三韓征伐の途上で神功皇后が当地を訪れ、霊泉を祀ったと伝えられています。
和泉清水の由来
神社の境内には、和泉国の国名の由来とされる「和泉清水」という霊泉がありました。この清水は、農業用水として地域の農地を潤してきましたが、現在は枯れてしまっています。
和泉国の国府と五社総社の創建
霊亀2年(716年)、和泉国が河内国から分立した際、当地には和泉国の国府が置かれました。その後、和泉国一宮から五宮の祭神を勧請して、和泉五社総社が泉井上神社の境内に設けられました。
武家や歴代権力者の崇敬
泉井上神社は、武家の信仰を集めており、楠木正成や新田義貞、足利将軍家、織田信長、豊臣秀吉などが特に崇敬していたと伝えられています。特に豊臣秀吉は大坂城在城の際、和泉清水の水を茶の湯に利用していたと言われますが、一方で所領は大幅に減少させられたという逸話も残っています。
五社総社本殿の再建
慶長10年(1605年)、豊臣秀頼が片桐且元を奉行として五社総社本殿を再建しました。この際、泉井上神社と五社総社の立場が変わり、泉井上神社は五社総社の摂社とされました。
泉井上神社の境内施設
主な建造物
境内には、以下のような建造物があります。
- 本殿 - 明治28年(1895年)に再建され、大社造で作られています。
- 和泉清水 - 大阪府指定史跡に指定されており、かつては農業用水として地域を潤していました。
- 石造板状塔婆 - 南北朝時代、正平3年(1348年)の造。大阪府指定有形文化財で、数少ない板状塔婆です。
摂・末社
泉井上神社の境内には、多くの摂社・末社があり、それぞれが地域の信仰を集めています。特に、以下の社が有名です。
- 和泉五社総社 - 一宮から五宮までの祭神を祀り、重要文化財に指定されています。
- 事代主神社
- 大国主神社
- 菅原市邊磐坂神社 - 市辺磐坂神、菅原道真を祀ります。
- 小竹神社 - 神功皇后を祀ります。
- 和泉神社 - 五瀬命、元正天皇、聖武天皇を祀り、式内社です。
秋の例祭と泉井上神社のだんじり祭り
泉井上神社の秋の例祭は、毎年10月4日から6日にかけて行われます。例祭のハイライトである「だんじり祭り」には、氏子町内のだんじりが神社に集まり、盛大に奉納されます。泉井上神社のだんじり祭りは、天正十三年(1585年)に記録が残っていることから、泉州地域における最古のだんじり祭りの一つとされています。
祭りの起源
泉井上神社の祭りは、西暦740年頃に起きた飢饉の際、聖武天皇が橘諸兄に命じて、和泉五社総社に米を奉納し、残りを民衆に分けたという故事に由来しています。かつては神輿の御渡や飯之山神事も行われていましたが、現在では一部の行事が途絶えています。
文化財
泉井上神社には、重要な文化財が数多く存在します。
- 重要文化財 - 泉井上神社境内社である和泉五社総社本殿が指定されています。
- 大阪府指定有形文化財 - 泉井上神社の石造板状塔婆が指定されています。
- 大阪府指定史跡 - 和泉清水が指定されています。
アクセス
泉井上神社へのアクセスは、JR阪和線 和泉府中駅から徒歩5分と便利です。周辺には、和泉国府の跡を示す碑や熊野街道、和泉幼稚園などの関連施設も点在しています。
泉井上神社は、和泉の歴史と文化を伝える貴重な神社であり、多くの参拝者や地域住民に親しまれています。神社の豊かな歴史と伝統、秋のだんじり祭りは訪れる人々に強い印象を与えるでしょう。