願得寺は、大阪府門真市御堂町にある真宗大谷派の仏教寺院です。山号は光明山で、本尊は阿弥陀如来です。地域の歴史や文化に深く根差した寺院として、多くの参拝者に親しまれています。
願得寺は、真宗念仏の教えを広めるために建立された寺院であり、歴史的・文化的価値の高い建造物や遺物が多数残されています。現在では、本堂を中心とした建築群や文化財が見どころとなっています。
願得寺の起源は、文明10年(1478年)に遡ります。この年、本願寺第8世法主蓮如が、当地に「古橋御坊」を設立しました。その後、明応元年(1492年)に再建され、護持されました。
永正5年(1513年)、加賀国にあった「清澤願得寺」との関わりが記録されています。この寺は蓮如の23子である実悟僧都が住持を務めた場所です。享禄年間の乱によって焼失した後、実悟は古橋御坊を譲り受け、「願得寺」として再興しました。
天正5年(1577年)、願得寺は正親町天皇より勅許院家の資格を得ました。その後も東本願寺の中心的存在として安土桃山時代から江戸時代、明治時代初期に至るまで「中本山格」の役割を果たしました。
実悟は明応元年(1492年)に生まれ、父は蓮如、母は畠山政栄の娘である蓮能尼です。幼少時に加賀本泉寺住持蓮悟の養子となり、後に清澤願得寺の住持となりました。享禄の錯乱後、放浪生活を経て願得寺を復興しました。
実悟は優れた知識人であり、多くの著作を残しました。その中には「日野一流系図」や「蓮如上人御一代書」などがあり、真宗の教えや歴史の記録に貢献しました。
府道158号守口門真線「古川橋」付近に位置しますが、周辺には駐車場がないため公共交通機関の利用がおすすめです。
願得寺には、境内を彩るクスノキや、歴代の内閣総理大臣を務めた幣原喜重郎の家系の墓が存在します。また、かつて伏見城の楼門が移築されましたが、現在は倒壊してしまいました。その遺物である菊紋の瓦などが保存されています。
願得寺は、その長い歴史と文化財を通じて、日本の仏教文化や地域の歴史に触れる貴重な場所です。門真市を訪れる際には、ぜひ立ち寄りたい観光スポットの一つです。