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鉢塚古墳(池田市)

(はちづか こふん)

鉢塚古墳は、大阪府池田市鉢塚に位置する円墳と推定される古墳で、大阪府指定史跡にも指定されています。この古墳は、大型の石室と周囲の文化財が特徴であり、地域の歴史を物語る重要な遺産となっています。

概要

鉢塚古墳は、大阪府北部の猪名川東岸に位置し、五月山から派生した丘陵の端部に築造された大型古墳です。現在は五社神社の境内にあります。古墳名の由来には二つの説があり、ひとつは鉢を伏せたような形状から、もうひとつは石室内から鉢が出土したことに基づくとされています。

墳形

この古墳の形状は円形で、直径は約45メートルと推定されています(かつては上円下方墳とされていました)。墳丘は2段に築かれており、墳丘の周囲には幅約7メートル、深さ約0.8メートルの周溝が巡らされています。周溝を含めた外径は約62メートルに達します。

埋葬施設

埋葬施設には両袖式の横穴式石室が採用され、南方向に開口しています。石室の規模は、全長14.88メートル、玄室の高さ5.2メートルであり、全国的にも有数の規模を誇ります。また、後世には十三重塔や板碑、石仏が祀られており、重要な文化財としての価値が認められています。

歴史

鉢塚古墳の築造は、古墳時代後期から終末期の6世紀末から7世紀初頭頃と推定されています。これは、猪名川地域における首長墓としての役割を果たしていたと考えられ、周辺の古墳との関連性も指摘されています。特に、二子塚古墳との世代的な連続性が見られるほか、白鳥塚古墳と共通する点もあり、興味深い歴史的背景を持っています。

考古学的調査

鉢塚古墳は、過去に幾度かの考古学的調査が行われてきました。2001年度(平成13年度)の発掘調査では、円墳としての形状が確認され、現在の理解に繋がっています。また、石室内の構造や出土品に関する調査も進められており、大阪府内でも最大級の石室であることが明らかにされています。

埋葬施設

鉢塚古墳の埋葬施設には、両袖式横穴式石室が用いられ、南方向に開口しています。この石室は、花崗岩やチャート、粘板岩などの多様な石材を使用し、丁寧に構築されています。特に玄室の高さは5.2メートルに達し、内部の十三重塔や板碑などが後世において祀られています。

石室の規模

石室の具体的なサイズは以下の通りです。

この石室は大阪府内でも最大級の高さを持ち、その構造や石材の使用方法においても精巧さが見られます。天井石は玄室に3石、羨道に4石が配置されており、全体として非常に堅牢な造りになっています。

文化財

鉢塚古墳は、周辺に重要な文化財を多く擁しています。特に、五社神社境内にある十三重塔や経塚出土品などは国や池田市の指定文化財として保護されています。

重要文化財(国指定)

五社神社の十三重塔は、室町時代初期に建立されたもので、国の重要文化財に指定されています。塔は建造物としての歴史的価値が高く、毎年多くの参拝者や歴史愛好家が訪れています。

大阪府指定文化財

鉢塚古墳自体も1970年(昭和45年)12月7日に大阪府の指定史跡となりました。これにより、府による保護のもと、地域遺産としての価値が一層高まりました。

池田市指定文化財

また、鉢塚古墳上部に所在する経塚からの出土品も、池田市の重要文化財として指定されています。鎌倉時代に営まれた経塚からは、壺形合子や鏡、青銅製品、宋銭などが出土しており、古代から中世にかけての歴史的な変遷を示す重要な資料とされています。

遺跡歴

鉢塚古墳には、中世期において石室内に十三重塔や板碑、石仏が祀られ、墳頂部には経塚が設置されるなど、さまざまな歴史が刻まれています。また、1887年(明治20年)にはウィリアム・ゴーランドによる調査が行われ、その後も多くの学者によって研究が進められてきました。

調査の歩み

以下に鉢塚古墳に関する主な調査と出来事をまとめます。

まとめ

鉢塚古墳は、大阪府池田市に位置し、6世紀から7世紀初頭に築かれたと考えられる歴史的な古墳です。大型の横穴式石室や、後世に祀られた十三重塔などの文化財により、地域の歴史や文化の一端を垣間見ることができます。現在も五社神社境内に保護されており、多くの人々に親しまれる文化遺産となっています。ぜひ、訪れてその歴史的価値を実感してみてください。

Information

名称
鉢塚古墳(池田市)
(はちづか こふん)

箕面・豊中・高槻

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